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書評「マグマの奇跡」

産総研 野田 徹郎

 先進国エネルギー問題会議に出席した日本は、欧米から原子力発電の中止を強硬に求められた。これを受けた政府は対応に悩むが、“日本原子力の鬼”と謳われた与党の重鎮安藤大志郎は、なぜか「原発をやめよ」と主張し、総理を動かして我が国の方針とする。安藤の主張は、原発を中止し、その全発電におけるシェア30%を地熱発電で代替しようというものであった。
 外資系ファンドであるゴールドバーグ・キャピタルの野上妙子は、自らが買収・転売した日本重工業開発の系列会社である日本地熱開発(後にジオ・エネジー)の社長に任ぜられた。国のエネルギー政策の変更に乗じ、経験豊富な地熱技術者御室耕治郎の不治の病をおしての協力を得て、妙子は日本最大の地熱発電所と世界初の高温岩体発電所の併設を目指し手腕を発揮していく。
 『マグマの奇跡』は、週刊朝日の別冊季刊誌である小説“トリッパー”の2005年秋号と冬号に連載完結した真山仁氏による国際エネルギー情報小説である。なお、『マグマの奇跡』は、『マグマ−小説国際エネルギー戦争』と改題改筆されて、朝日新聞社より2月7日に単行本が発刊される。
 地熱発電が小説の世界に登場した例は、松本清張氏の「速記録」に大規模深部地熱発電とこれにまつわる地熱エネルギー開発事業団設置の構想が採り上げられ、また井上ひさし氏の「吉里吉里人」では、吉里吉里国の自給エネルギーとして地熱発電が行われているのがよく知られている。しかし、これほど本格的に地熱発電が題材にされているのは『マグマの奇跡』が初めてである。
 作者の真山仁氏は、読売新聞の記者を経て作家となった経歴を持ち、特に経済小説の新鋭として注目を浴びている。『マグマの奇跡』を著すに当たっては、何人かの地熱関係者が取材に応じたとのことであるが、ジャーナリストらしい飲み込みの的確さが文章に表れており、フィクションではあるもののドキュメンタリーの様相を感じさせる。
 特に感心するのは、地熱に関する技術的理解とともに、地熱開発が停滞している要因を分析し明確に示している点である。日本地熱開発の安藤幸二前社長(大志郎の孫、後にジオ・エナジーの会長)は、「地熱停滞の最大の理由は、電力会社が原発という神の火を手に入れ、後戻りできなくなったことである。」、「日本の場合、二つの大きな障害が、大型地熱発電所建設を阻んでいる。一つは、有力な地熱エリアが国立公園内にあること、もう一つは温泉街との兼ね合いである。」と語る。これらを集約し、安藤は日本の地熱開発を阻んでいる三悪は、環境省、温泉組合、電力会社と断言する。また、業界誌や日本地熱開発協議会の要望から、妙子は地熱発電の問題点を次の三つと理解する。一つは、リードタイムが長すぎ、投資効果の期待が薄く、さらに技術的、コスト的ハンディが大きいこと、二つ目は、「新エネルギー特別措置法」で、地熱は既に新エネルギーではないとされてしまい、「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法(RPS法)」の枠からもバイナリー発電以外の従来型の地熱発電が対象外となるなど、政府が地球温暖化対策として様々な助成措置を施している「新エネルギー」から地熱が外されている点、三つ目は、国立公園の制約である。
 圧巻なのは、これら様々な問題に対し、妙子らによる打開策が用意されていることである。急遽の内閣改造で地熱推進派の環境大臣が誕生したが、さらに環境省の方針転換に拍車をかけたのは「地球環境に最も貢献できる発電方法を環境省が妨げている」というキャンペーンを、日本政府を動かすのに効果のある環境にうるさい欧米のメディアでぶち上げるという作戦が功を奏したものである。ジオ・エナジーの地熱発電所計画に反対を唱えてきた鹿田温泉組合に対しては、その真意は鹿田温泉が悩んでいる温泉の減衰問題にあることを見抜き、近くに未発見の熱水溜りがあることを教え、開発支援を約束することで発電所建設への協力を取り付ける。電力会社に頼らない地熱の大容量発電のはけ口となる大口需要家を探して、日本のトップ企業を相手に「地球にやさしい企業を標榜するのであれば、なぜ使用する電気にこだわらないのか?」というキャンペーンを張り、世界最大の自動車メーカーであるトヨハシ自動車への売電契約に成功する。
 全編を通じて、地熱の国産資源であることや環境面の優位性の十分な理解に立って、現在の停滞状況を何とかしたいという作者の思いが溢れている。打開策の発想は、フィクションとしての大胆さはあるが、地熱の世界の中に浸りきっている者にとっては、そういう考え方があるのかという新鮮さに打たれるとともに、今後の地熱促進活動にも大いに参考になる。
 なお、「日本地熱学会」も地熱研究促進のために新設される地熱講座への研究者の参加を呼びかける可能性のある学会(実は、地熱講座はジオ・エナジーの研究体力を弱らせる陰謀で、地熱学会は関与していないが)として名前が登場する。
 『マグマの奇跡』は、地熱学会の会員はもちろん、地熱に関心のある者にとって、夢と希望を与える必読の書であることは間違いない。